第16回研究会 望月真一氏 講演概要
テーマ「生活の質と賑わいを目指したトラム導入と都市政策
―21世紀フランスの都市政策の例から―」

【日本とフランスの公共交通への考えの違い】

日本の問題点

都心居住と公共交通サービスを日本の都市行政は1番軽んじている.

街の中心部には様々な社会層,貧しい人からお金持ちの人,高齢者から若い人すべての社会層の人が街の中心部に住める政策をすすめてこなかった.

都市が都市であるためには、都市の人々も郊外の人も容易に街を移動できる、足の確保が重要であり,特に公共交通は重要で行政サービスの一つだという視点でフランスは都市行政を進めている.その点では日本は先進国において例外的な都市である.フランスに限らず多くの欧米諸国では公共交通(バス・地下鉄・郊外電車)に税金を使うのはあたりまえと言う考えに対し,日本では,民間に認可制で免許だけ与えて行政サービスとしては手厚くなかった.市民の足の確保というニーズに行政側として答えてこず道路をもっぱら作ってきた.

その結果、現在の日本は,都心部に人がすんでおらずと,郊外から街中に人が来ないことが都心部の停滞の大きな問題となっており、苦しんでいるのである.

【なぜフランスなのか】

最初の理由としては,日本と諸条件が似ている国であるという点.例えば,農村集落を基本とした社会を築いており,地方色・伝統的文化に富んでいる,中央集権的な管理国家でもあった,60年代から日本以上に徹底して路面電車を廃止してきた点も似ている.次に、トラムを使い続けてきた周辺のドイツなどと違って廃止してきたのにもかかわらず、近年復活にともない街づくりの面でも成功事例がいっぱい出てきたというトラム復活の歴史が非常に参考となるのです(図1).

 

日本とフランスその都市計画の歩みの違い】

日本とフランスはよく似ている面があったが,フランスは80年代に大きく変わっていった.原因となったものとして石油ショックがある.これを機にヨーロッパでは車社会を見直していった.ヨーロッパでも70年代までは,都市が疲弊し,都心部の真中に行くほど暗くなっていき環境的に見劣りし,人がいなくなっていった.その後,古くなった建物を生かしながら近代の設備を入れ替えて車に頼らない都市を作り始めたのが80年代である.

車優先から人や自転車、公共交通の重要性を見直す都市交通政策に大きな転換となったLOTIができた時とほぼ同じ時期にフランスの地方分権化政策が進んだ.日本の地方分権化と大きく違うのは,特に都市計画に関して,市民生活にかかわる権限を市町村に完全に委譲している点である.ゆえに,財政に関しても委譲している.フランスは通常,革命でおこしてきたことを社会変革で乗り切ってきた.これに対して日本は出遅れてしまった.

都市空間の再配分と人々の移動の権利】

都市整備の面からフランスでは「都市空間の再配分」を強く意識している.例えば、車を10年間使うと想定すると,大体3〜5%ぐらいしか車は動かしていない.残りは車を鉄の塊として都市空間に置いている状況にある.こうした車の持つ基本的問題認識の一方、フランスでは,経済・社会・肉体的条件にかかわらず人は都市の中を移動する権利、「人の交通権」があるとし,税金によりお金の無い人でも,車を持たない人でも都市を移動できるように公共交通を手厚くしている.

【フランスでの市民参加】

日本では公益性と個人の権利とのバランスを失い,個人のほうが強くなってきたことと、市民の権利と義務などの概念が曖昧なため市民参加を保証することが難しい状況にあるが,フランスでは,市民参加の条件である情報公開法を先に制定してから市民参加というプロセスを作っていった.行政が発意・立案し検討したのち、その内容を市民に十分に知らしめて意見があったらそれに丁寧に答える双方向のコミュニケーションをとる仕組みとしている.途中で意見を取り入れ修正もしながら最終段階に持っていき,最終段階でも第3の機関が審査することにより,公益性の精度を上げている.このように市民参加の枠組みがしっかり成り立っているから、事業推進がスムースに進んでいる.

また,フランスの場合個々の自治体が小さく分離しているので都市交通のサービスを一体的にはかるため,自治体の持つ交通の権限を広域行政圏にゆだねて,公共交通はこの範囲で事業している.都市圏によっては交通だけであったり,環境問題とか教育問題とか,すべての行政問題をやるような広域行政圏もある.

【自動車の都心利用と歩行者の関係】

都心の中心部,多くは歴史的蓄積のある地区,商業活動・文化的にも密度の高い地区では、歩行者優先のゾーンとして,車の通過交通を避け,中心部を歩行空間にしてより効率的な利用ができて、都市の活性化に直接寄与する歩行者・自転車中心にするドイツのゾーンシステムがある.車には多少不便だが,リングロードからアプローチすることによりサービスは可能ではある.一方、フランスは都心居住を重視するので,居住者用の駐車スペースはきっちりと確保している.だから完全に追い出すことはさけ,そのバランスの中で交通計画が進められていることに特徴がある.

広域都市圏の中でレベルの高いサービスを安く提供するために,行政側がコントロールして契約により運営を民間に委ねていることが一般的である.インフラ部分とサービスレベルの決定が行政,運営が民間と上下分離により,効率的なバス・トラムの一体的な運営ができている.ストラスブールでは交通事業者はP&Rの駐車場も運営している.P&Rは一路線あたり2000台前後のスペースを確保している,このぐらい確保しないと車からの転換はされない.

ナントはトラム整備にあわせたアーバンデザインと都心部80haすべての道路をゾーン30という歩行者優先地区としていることに特徴がある.広い道でも横断歩道がなく,自由に歩行者が歩け,ドライバーは歩行者に道を譲らなければならない.

都心部の駐車場に関して、ドイツは律儀にフリンジパーキングとパターンを守っているのに対して,フランスの場合は原則とずれても全体として効果をあげればよいと柔軟に考えている.

【LOTIとPDU】

フランスの国内交通に関する方向付けという法律にLOTI*というものがある.日本でいう基本法とは少し方向性が違い施策の具体的内容を示している.82年の改正のあと,その時々に応じて柔軟に法律を改正している.フランスの場合この方向付けにしたがって,色々と具体的施策が変わってくる.例えば都市に関する方向付けに対する法律,あるいは住宅,その他各分野ごとにある.

交通権とともに大きな特徴としてPDU(都市交通計画)を策定しなければならないということが明記された.このPDUは後の大気法等の改正との関係で,土地利用との連携をとるよう強調され,土地利用計画と都市交通計画を合わせて都市計画だと強調している.

PDUの策定や、トラム導入事業など、生活に一定以上の影響があるような計画/事業決定に際しては,コンセルタシオン**というプロセスを踏まなければならない.ストラスブールの第1路線の時には,はっきりとその法律が無かったので,広報に努力はしてきたが義務ではなかった.第2路線は状況が変わって,コンセルタシオンをやらなければならないということで,情報提供をさらに綿密にし,説明会や展示会など,ことあるごとに住民に説明して理解を得て進めていくというように行ってきた.


LOTI(国内交通の方向付けの法律)

車依存の都市交通の価値観を見直した都市交通の基本的方向性を定めた基本法(1982年制定).

コンセルタシオン

フランス流の住民参加で,行政と市民との相互のコミュニケーションをはかって決めていくこと.


講演者 望月真一氏 紹介

履歴:1949年生まれ

1975年 早稲田大学大学院 都市計画修士課程終了

1982年 同大学院 博士課程終了

フランス政府給費留学生(エコール・デ・ボザール,パリ第8大学)

キャビネ・ミレー,AARTインターナショナル・パリ等を経て,現在(株)アトリエUDI都市設計研究所代表.建築,土木,造園および都市計画コンサルタントとして,特にアーバンデザインを中心に活動する一方,フランスの都市政策,リゾート整備を紹介する.

著書:「フランスのリゾートづくり―哲学と手法 ―」鹿島出版会,1990年

  「路面電車が街をつくる―21世紀・フランスの都市づくり―」鹿島出版会2001年など


文責:田畑喜功


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