交通制約者の思いとLRT

報告者 渡辺 源喜氏
(枚方障害者自立生活支援情報研究会代表)

 はじめまして渡辺です。

 交通制約者といいますと、高齢者、小さな子供さん、妊婦さん、ベビーカーを持っておられるお父さん・お母さんの方、障害者の方、意外と多いのではないかと思うのです。

 私自身、ガイドヘルパーさんに車イスを押して頂いている障害者としてこの問題を話させて頂きます。

 1995年の労働省の調査によりますと、退職をした障害者のうち、6.3%の方が交通の問題・通勤難を理由にして退職しています。この事からも判るとおり、障害者にとって交通の問題は、大きな問題です。

 ノーマイラーゼーションという言葉が、最近、ちらほらと、聞かれるようになってきましたが、障害者、高齢者に対しまして、優しいまちづくりをしようという気運が、90年代から起こって参りまして、94年には、国の方も、ハートビル法というものを作って、バリアフリーのまちづくりしようという動きがあるのです。この中に交通問題だけは、ちょっと、棚に置かれている。

 このバリアフリー法律というのは、いろんな公共建築物、たとえば、市役所であったり、美術館であったり、その他もろもろの施設の関して、たとえば、スロープを設けたり、エレベータをつけるという事を言っている訳であります。駅、運輸省管轄の駅だけは、建物に壁がないという事で、建物では、ないという事で、ノンバリアを進めるという枠から外されいるのです。

 また、最近、いろんな建物は、個々に、徐々に、車イスとか障害者だとか高齢者の方にやさしくなってきていますが、率直に申しますと、そこまでのアクセスが、絶望的な状況です。この今日の会場になりましたラポールひらかた、これもバリアフリーの建物ですが、これは、目の前に、すぐ、枚方市駅があって交通の便がいい、このような建物は例外的な状況であって、大体は、新しく建物が出来ても、そこまで来る方法がない。結局のところ、車でくという事になります。ですから、バリア・フリーというものを考えるためには、「交通問題は、重要である」という認識は、まず、必要になります。

 次に、交通の問題を考える時、どのような事が、交通制約者にとって問題となっているか、考えたいと思います。

 まず、一点考えられます事は、物理的なバリアです。例えば、電車に乗り込む時、車イスで電車に乗り込もうとすると、ホームから電車まで、ほんの何センチかの隙間、それが、車イスにとってバリアになって、乗り込めないという問題があります。また、普通、電車というのは、改札を通って、ホームに出て、電車に乗るんですが、改札に行くためのスロープがなかったり、あるいは、エレベーターーがなかったり、このような状況も、車イス障害者にとって、非常に、不便です。

 一方、バスは、どうかといいますと、92年の運輸省の通達で、車イスに乗っている障害者が、バスに乗る時は、ヘルパーを二人つけなさいと言っています。まず、これ自体が現実的ではありません。混んでいる時は、乗るなと言っているのと同じで、通勤通学する人は、どうなる可という問題があります。

 また、よく、最近のバスには、車イスマークが、貼ってありますが、車イスの人、視覚障害者・聴覚障害者の方が、バスに乗る時に、あからさまに、運転手さんがイヤな顔をされる、そういうような話も私どもの研究会の調査の中で聞いております。

 それから、物理的な以外の問題もあります。

 総理府が、障害者問題を考えた時に、障害者に関するバリアが四つあると言っています。

  1. 物理的なバリア
  2. 情報のバリア
  3. 制度のバリア
  4. 人の感情の問題 →→さきほどのバスの運転手さんのような、バリアがある。

 例えば、視覚障害者の方が、電車あるいはバスに乗ろうとしても経路図が判らないというような問題があります。初めて乗る路線では特にそうです。

 最近の駅の電車のパッチパネルには、点字が貼ってありますが、それもやはり不十分であります。あるいは、聴覚障害者の方が、はじめて乗った路線の電車あるいはバスが次に何処に止まるのかよく分からない。最近は、電光掲示板で示しているような車両も有りますが、それも100%ではない。そのような情報に関する、つまり、どういうふうに行ったらよいのか経路が解らない、という情報に関する問題があります。

 それから,更に、知的障害者の方は、はやり、少しでも、優しく表示することが求められます。

 人の問題・意識の問題、例えば、ラッシュアワーに電車に車イスで乗り込んだ場合、乗った方が悪いんじゃないかという、そういう感覚の目で見られる。あるいは、駅員さんも忙しくて、なかなか、そこまで手が回らないなどの問題です。

 そのようなバリアが、公共の交通機関にありまして、結果として、どうしても、障害者の方が何処かへ出かける時、自分で車を運転される、あるいは、ご家族の方が車で移動されるということになってしまいがちです。

 私自身も「枚方市内は、どうしようもない渋滞があって、大変だなぁ」という気持ちがあります。

 既存の交通機関を人に優しい施設に改良するすると共にLRTという話が出てきましたが、何らかの形で新しいシステムを創って行く事が求められているのではないかと思います。

 その新しい施設というものを、もし、創るのであれば、やはり、今言ったいくつかの点、すなわち、物理的なバリアを除き、情報面においても、いろんな制約者の方に対して、配慮が為されたシステムが必要です。更に、これは、非常に、大きな問題で、全ての交通機関に関わる事ですが、人をどういう風に教育するのか、駅員さんだとか、運転手さんの教育をどうして行くのかという問題があります。

 それと同時に、すべて今ある既存の車のシステムであるとか、そういうものを放棄してしまえば、あるいは、取り替えてしまえば、これは、大変混乱を起こしてしまうので、どのように、共存させて行くかという問題があります。

 以上、簡潔でありますが、LRTに関する話を終わらせて頂きます

枚方・LRT研究会会報第2号目次へ戻る